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安全な場所って、どういう所でしょうか?

 

性的な悩みを家族や友人に相談するのはとても勇気のいることです。

どのような反応が返ってくるだろう?本当の私を知ったら嫌われるのでは?

自分のありのままの弱さや、葛藤を言い表す時にこそ、神の愛を受け取りながら共に歩む

家族。それが安全な場所ではないでしょうか?

神様に赦され、受け入れられた私たちは、お互いを裁き合わず、励まし合いながらイエスキリストに

似たものに変えられていく旅路を歩みたいと思っています。

私たちの弱さや葛藤を認め言い表すときに、神の強さを受け取るめぐみを共に

受け取ることができます。

使徒パウロはエペソ人への手紙5章でこう教えています。暗闇の中に隠された秘密を神の光の中に持って行くなら 隠れた恥は私たちに及ぼす力を失うと。

 あなたがたは、以前は暗やみでしたが、今は、主にあって、光となりました。光の子どもらしく歩みなさい。—光の結ぶ実は、あらゆる善意と正義と真実なのです。そのためには、主に喜ばれることが何であるかを見分けなさい。実を結ばない暗やみのわざに仲間入りしないで、むしろ、それを明るみに出しなさい。なぜなら、彼らがひそかに行っていることは、口にするのも恥ずかしいことだからです。けれども、明るみに引き出されるものは、みな、光によって明らかにされます。

エペソ人への手紙5章8節ー13節

カミングアウトしてポジティブな経験をした人もいるし、そうでない人も残念ながらいます。人間の愛は素晴らしいものですが、同時に欠陥もあります。しかし神の愛はそれを遥かに超えた、大きなものです。

 

父がわたしにお与えになる者はみな、わたしのところに来ます。そしてわたしのところに来る者を、わたしは決して捨てません。

ヨハネの福音書 6章37節

 

放蕩息子が父の家に戻ってきたように、私たちも天の父の元に愛する子供として帰ることができます。息子が父の家に帰ってきた時、父の最初の反応は厳しさではありませんでした。代わりに父ができる息子への最高の愛情表現で、召使いに持ってこさせた最高の上着を愛する息子に着せ、宴を催し放蕩息子の帰還を祝いました。

ところが父親は、しもべたちに言った。『急いで一番良い着物を持って来て、この子に着せなさい。それから、手に指輪をはめさせ、足にくつをはかせなさい。そして肥えた子牛を引いて来てほふりなさい。食べて祝おうではないか。ルカの福音書15章22節ー23節

 

もしキリストの愛がどれほど広く、長く、高くそして深いかを垣間見ることができるなら、私たちが息子や娘として帰ってきた時、天の父がどれほど喜ぶかを想像できるのではないでしょうか

 

だからただカミングアウトするだけじゃなく、家に帰ろう。天の父があなたを待っています。

 

タンリー・ウェンによる原文(True Love Is)より翻訳

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